「わたし」について👏

自分の自己紹介書き直しました👏

8月くらいに投稿したプロフィールは、1番最初のブログだったので、ちょっと文章かっこつけて書いてみたいで(無意識に笑)私らしい感じがゼロだったので、内容は同じですが、飾らないでそのままの思い書き直しました☺️💓笑笑

(長すぎます、読むの注意。ただ、内容それなりに波乱万丈風?だから楽しいよ🥺

そもそもなんでブログ

理由を説明します!世の中はインスタや動画、あまり文章を書く習慣がないのですが

わたしは文章書くのが好きなので、時代に逆らって合法的に文章書いてもおっけーなブログを始めた次第です🥺🌟

それではSTART🌈

私は、群馬県吾妻郡高山村生まれというド田舎の出身です!笑 

高校を卒業する18歳まで大好きな愛犬(ポッキー)と一緒に生まれ育ちました🐶

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山と畑と田んぼ!って感じで、星が本当に綺麗に見れるのが自慢です。あとは、地図にあるロックハート城はよく芸能人の撮影に使われるようでそれくらいしか本当に何も紹介できることがない😂

お米はおじいちゃんが作ってて

野菜も両方のおばあちゃんおじいちゃんがくれるので、東京で初めて一人暮らしを始めた時に初めて新鮮でない野菜を食べた時に唖然としました。本当にまずかったです。笑

トマトとか特に無理でした。笑

抵抗しかなく慣れるまで時間がかかったのを今でも鮮明に覚えています😭😭

高校は都会の高校に通っていたので、

みんなに村人(むらびと)って3年間いじられ続け、大人になった今でも、そのイジりが続いています。泣

(吸収合併に負けず今でも独立を維持してきた高山村出身に誇りを持ってます🥺

私の幼少期は、お外で遊ぶことが嫌いすぎて本を読んだり、絵を描いたり、部屋の中で出来る遊びをするのが大好きで、運動が本当に苦手でした😂

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これ、3歳の七五三の写真です。

実は隣に写ってる弟は超絶かわいい顔してるのにこの頃からカメラ苦手で、カメラ向けられると笑顔が難しいんです😭😭

そんな私は運動音痴が1番のコンプレックスになる小学生時代を過ご、早く走れるように家で走る練習をしたり、25メートル泳げないと成績にCがつくのが嫌すぎて、夏休みになると父に市民プールに連れてってもらい、ひたすら泳ぐ練習をしたりしてました。

昔から行動力と根性だけはあったと思います👏それに比べて弟は運動がなんでも出来ちゃう系男子でこの時に、努力しても報われないことがあることを知り、諦めも大事なことだと子供ながらに察しました!笑

そんな私は屋内でやることは得意で

3歳から続けていたピアノだけは誇りを持っていました。そんな私は小学5年生の時に、音楽科のある高校を受験することを決意し、

その時から志望高に入ることだけを考えて生活し、市内の芸術科のある高校に入学しました。

高校に入りピアノが好き、上手くなりたいという思いで110時間練習を続けてきました。だけど、将来を考えた時にピアノを演奏している自分がイメージできなかったんです。ただ、お金もかけてきてもらった手前、周囲の期待もあって今更辞められない、自分の唯一誇れる事を手放す事がどこかで怖くて、辞める勇気もない

そんな感じで、ずっとあゆ(浜崎あゆみ)を聴きながら孤独を感じる始末🤣🤣

そして、大学受験の時期に入り、第1希望の

大学に受からなかったら音楽はもうやめる!

そう自分の中で決めました。

結果、志望校には受からず、私は普通の大学に進学することになります!

初めて人生で大きな挫折というものを味わったと同時に、周囲の期待通りの人生ではなく、自分で選択した人生が始まった瞬間でもありました。

なので、落ちたのは残念だったけど、それよりもやっと解放された気がして少しホッとしたのを覚えてます。

同時に、初めて自分の人生に責任を持つ、そんな小さな覚悟を持った気がします。

そんな気持ちで入学した大学なので、期待とかはあまりなくて、サークルにも入ってみたけど、ここに時間を費やす意味が正直わからない、毎日同じメンバーでお酒を意味もなく呑んで何が楽しんだろうって思うような

ひねくれた学生だったので、ひたすらバイトをするようになります🙇‍♂️

大学生定番の居酒屋とかのバイトだと、バイト先も学生になってしまうのと、サークルの雰囲気から抜け出せないなぁって思って、社会人と関われるような、バイトをひたすらやりました。

ゆるキャライベントなどのMCから、イベントコンパニオン、家庭教師、メーカーの営業、ありとあらゆる販売員、東京だけでなく、神奈川、埼玉、千葉、どこまでも行きました!

出来ることは全てやるというこの頃のエネルギー量は半端なくて

今考えると若さのエネルギーには勝てないなと思います😭👏

サイゼで友達相手に、プリンターのロープレをしていた姿を今思い返すと面白いです。本業がわからないような学生でした笑

早く自立をしたかったし、自立する為の何かを見つけたく、模索していました。

就活生になった時に感じたことは、女性が働くことへの偏見でした。

「結婚するまでの繋ぎなんだし」

「そんなに頑張らなくても女の子だから大丈夫だよ~」

「出産したらどうせ辞めるし」

そんな言葉が飛び交うことに凄い違和感がありました。

割田家の教育方針に、女の子だからとか男の子だからとかあまりなかったので、20代に突入して今更ながらに女性の壁というものがあることを知り、なんだかとても悔しかったんです。

女ということだけで、選択肢や可能性の幅を決められてしまうということが悔しかった。

それに、今更、女の子というフィルターを付けながら生きる選択肢も私の中にはなくて、、誰かのお人形さんみたいな選択肢しかない人生は絶対に嫌だったんです。

だったら、とことん無理だと言われてることを覆していって、普通女の子でもなんでも出来るんだってことを証明していく人生にしようそうって!ポジティブに考えたんです!

 

それから、社会人になってからはまず、就職先の会社を15日で辞めました。

理由は簡単で、ここにいても成長スピードが合わないと感じたからです。

その後は、ベンチャー企業で働きながら、

ミスユニバース大会への出場を決意。

↓大会の当日、withヘアメイクさん

元々ユニバースなんてキャラでもなかったのですが、世間の目とかキャラとかそんなの関係なしに、機会があるならやってみよう!

そんな感じだったのを覚えています。

今思い返してみると本当に拷問のような日々でした。毎日泣いていたし、毎日お腹も空いていました。笑

食べられないことがただただ辛かった🍙

だけど、今まで踏み入れてみたことのない、自分の苦手なフィールドでの戦いが自分を強くしてくれました。

同時に、この時に周りの支えや応援があってはじめて自分が頑張れているということに気付き、反骨精神だけでなく、周りの人たちに恩返しできる生き方・働き方をしていこうと思えたんです。

そんな社会人一年目があっという間に終わり、気付いたことは、女性が経済的にも精神的にも自立することは想像以上に大変ということでした。

女性が自立していくのには、まだまだ生きにくい環境ですが、

「女だから」ただそれだけの理由で自分の可能性を諦めないで欲しいんです。

自分だけではなく、1人でも多くの女性の可能性を引き出すきっかを作りたい、頑張る女性のサポートをしていきたいそう思うようになったわたしは、自分自身の健康とお金の管理、自立の1番最初の入り口である生命保険を通して、広い窓口で女性を生涯に渡りサポートしたいという思いで外資保険会社に転職。

その後、もっと自分がお客様に与えられる選択肢を多く持ちたい思いが強くなり、メーカーにこだわらない幅広い保険の提案、そして、保険以外の資産コンサルもできる保険の総合代理店に転職をし、今に至ります☺️☺️

今はお客さまに喜んでもらえた瞬間が1番達成感と充実感を味わえます。

家族や友人、恋人、近しい人だからこそ相談できないことって意外とあると思うんです。

そんな時、頼りにしてもらえるようなそんな存在になるのが今の私の目標です。

そんな私も20代後半になってきて、20代前半の時に思わなかったことを思うようになりました。

あれ、努力しないとかわいいが維持できない歳とりたくない!いつまでも可愛くいたい!!

若さがなくなっていくのをじわじわ感じ始めたんです。歳取っちゃった!アンチエイジングだって!笑

そんな私が次に実現しようと思ったことが、外見的な自立です。若い時はみんな平等に美しさを与えられてますが、それももって20代まで。それからは自分の努力次第。

いつまでも自信の持てる自分だいて欲しい、そんな思いから、女性であること故の悩みを解決できる存在になりたいと思い、それを形にして作ったのが、美容サロン「LILLY」です。

女性のためのプライベートサロンLILLYは、女性一人一人の悩みや課題を解決する場所にしていきたいなという思いで作りました。

女性の働き方、生き方、今後もっと多様性が出てくると思います。女性一人一人、その人のための美しさを一緒に追求していける空間になれたら凄い嬉しいです。

以上、幼少期から今に至るまでの「わたし」

でした🥰🥰🥰

長い長い自己紹介を最後まで読んでくれた方に、ラッキーが届きますように!🌈🙇‍♂️